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毛利元就・エピソード集

      2017/07/04


毛利元就(もうり もとなり)
1497年(明応6年)3月14日 ~ 1571年(元亀2年)6月14日

三本の矢(三矢の訓・さんしのくん)
 死ぬ間際の元就が、3人の息子(隆元・元春・隆景)を枕元に呼び寄せて教訓を教えたという逸話。
 元就は最初に、1本の矢を息子たちに渡して折らせ、次はさらに3本の矢束を折るよう命じた。息子たちは誰も3本の矢束を折ることができなかったことから、1本では脆い矢も束になれば頑丈になることから、3兄弟の結束を強く訴えかけたというものである。
 この逸話は「三本の矢」または「三矢の訓」として有名だが、実際には元就よりも隆元が早世しているなど史実とは食い違う点も多く、弘治3年(1557年)に元就が書いた直筆書状『三子教訓状』に由来する創作とされる。

厳島神社への参拝
元就がまだ元服前に家臣と共に厳島神社へ参拝に行った際の逸話。
元就が、家臣に祈願の内容を訊ねると、家臣は「松寿丸様(元就の幼名)が安芸の主になられるよう願いました」と答えた。それに対して元就は「何故天下の主になれるように願わなかったのだ」と言った。家臣は「実現不可能な事を祈願しても意味がありますまい。せいぜい中国地方でござろう」と笑ったが、元就は、「天下の主になると祈願して、やっと中国地方が取れようというもの。まして、最初から安芸一国を目標にしていたのでは、安芸一国すら取れずに終わってしまう」と反論し、自らの理想の高さを示した。

餅と酒
 元就はいつも餅と酒を用意し、身分が低い者達まで声をかけて親しく声をかけていた。
 宴席では酒が飲めるかそれとも飲めないかと尋ね、もし酒が飲めると答えたら「寒い中で川を渡るような行軍の時の酒の効能は言うべきでもないが、普段から酒ほど気晴らしになることはない」とまずは一杯と酒を差し出し、もし下戸だと答えれば「私も下戸だ。酒を飲むと皆気が短くなり、あることないこと言ってよくない。酒ほど悪いものはない。餅を食べてくれ」と身分に関係なく同じようにあげていた。
『吉田物語』

下戸で通す
 元就は嫡男の隆元に、酒は分をわきまえて飲み、酒によって気を紛らわすことなどあってはならないと、節酒の心得を説いている。

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